2011.10.29

アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.18


今日はちょっと長話です。

腰痛がやっと回復したので、「レイアウト・ビルダーズ4」(LB4)の撮影を再開しました。

まず、カメラを買いにいきました。というと、いかにも「泥縄」のように聴こえますが、この「LB4」から、撮影をすべてデジタル・カメラに切り替えざるを得なくなったのです。なぜなら、長年レイアウトの撮影に愛用してきたコダックのタングステン照明用エクタクロームが一昨年で絶版となり、銀鉛の35mmカメラでレイアウトを撮影する事はもはや不可能になってしまったのです。

タングステン照明自体はフィルターでも変換できるのですが、デイライト用でも、暗部の階調がマイルドなリヴァーサル・フィルムが同時にすべて廃版になってしまい、繊細な階調表現を必要とする模型写真を、35mm判銀鉛カメラを使ってカラーで撮影する道は全く閉ざされてしまったのです。

実物の鉄道の撮影においても、素人同然のクライアントにプレゼンして画像を渡してしまえばOKのフリー・カメラマンは、一見見栄えのよい、いま流行のビビッドな色調のフィルムや画像データーで事足りますが、私のように自分で撮って自分で本にするまでの責任を負わなければならない制作カメラマンは、印刷効果まで考えに入れて、しっとりした高級感のある階調で撮影しなければならないので、フィルムの選択はもともと非常にシビアーでした。

要するに、私にとってはカラー撮影に関しては過去45年間で積み上げてきた自分なりのノウハウが全部否定され、同時に、画像製版の加工をしてもらう編集スタッフと画質について交換するやり取りすべてが根本的に変わってしまったわけです。

つまり、いままでは現像所から上がってきたフィルムをルーペで確認して、ピント、露出が合っていれば、それで製版工程に進められたのですが、デジタル画像というのは粒状、解像度、コントラスト、階調すべてがコンピューター画面の、いわば仮の幻、虹のようなものであって、自分で撮影したデーターに、さらに画像処理技術をいろいろ加えないと印刷用のデーターに仕上がりません。その加工技術の専門技術者と、画像に対する要求が一致しないと銀鉛写真時代のような印刷にならないのです。

簡単にいえば、撮影者と画像加工技術者の間に、フィルムのような「絶対現物」というものが介在しないために、意見交換が、文字通り「雲を掴むような話」になり勝ちです。

結局、デジタル製版というのは、あまりにどんなことでも出来るために、質と作業効率という、相反する要素のせめぎあいの中で、補正作業は何を捨てて、何を優先的に補正するか、のさじ加減が最大の難問だということがわかりました。

ところが、それには、ピクセルだの、ビットだの、フィルムのASA感度のように肉眼ではその違いの程度が簡単に確認できないデーター用語が入ってきて、さらには画像を転送する方法にいくつもの種類があって、その方法の優劣がまた、人によって、云う事がまちまち。つまり、これまた、現在の所、「常識」というまでに確立されたデーターが未だ無い、ほとんど「自分では経験したことは無いが、噂では‥」くらいの情報に立脚している世界なのです。

この、時代から孤立した老人にとっては、明治維新とマッカーサー指令と、文化大革命が一度の押し寄せたような経験値否定にぶつかっているわけです。

今日日、主婦でさえ簡単に写しているデジタル・カメラに、何をそんなに難しがっているのか、と思われるかもしれませんが、模型、それもレイアウト(私は嫌いですが、いまの世間語では「ジオラマ))の撮影というのは、極めて特殊な世界なのです。

簡単にいえば、「近接して、しかもピントの合っている範囲が実物の近いほど広くなくてはならない」

実は、写真の世界には、こういう撮影は他にほとんど例がないのです。花や昆虫の拡大写真は、実はさほど深い焦点幅は必要としません。強いていえば料理写真がやや近いですが、あれも俯瞰主体ですから、奥行き方向でピントの合う範囲の幅はさほど必要としませんし、模型ほどの近接撮影は必要がありません。

模型の撮影は、斜めに置いた刺身に一切れを、拡大して、しかも手前から奥までの肉襞のピントを合わせろ、という要求がごく普通に出てくる世界なのです。

今回、大手カメラ量販店の高級器材売り場にニコンから出向してきている販売員にも、こうした要求を伝えて、カメラ本体とレンズの選定にアドヴァイスを求めましたところ、「そんな難しい要求はいままで聞いたことがない」といわれました。

「とれいん」においても「RMモデルス」においても、それぞれの編集部がデジタル・カメラによる撮影に移行して、もう何年にもなるのに、この問題にさほど悩んだ形跡が見えないのも当初、不思議でした。

しかし、自分であれこれ試すうちに判ったのです。彼ら雑誌のスタッフ・カメラマンはほとんど車輌模型の撮影ばかりで、「レイアウトを本格的に撮る機会」はほとんど無いのだ、と‥昨今の模型専門誌が車輌主体で、レイアウトの作品発表などほとんど無い、たまにあっても作者の持ち込み写真を載せるのが多いのです。

車輌写真というのは模型の中でも撮影は比較的簡単です。斜めであっても、車輌の妻面と側面にさえピントが合っていれば事足りるのですから、今日、「シフトレンズ」という、アオリ機構の着いたレンズを使えば、ほとんど解決できます。

しかも、なるべく側面勝ちの被写体隊レンズの角度を浅く取れば、手前の地面やバックの構造物のピントはボケても、読者の側も、模型の作者も、誰も不満に思いません。

レイアウト写真は違うのです。

手前の草から、バックの構造物まで、奥行き方向の広い範囲にピントが合っていることが要求されます。そこにジョン・アレンの、レイアウト写真家としての卓抜した技量もあったのです。

よく考えてみれば、現在鉄道模型に関する出版界で、「作る立場に立ってレイアウトを撮影するカメラマン」というのは、実は日本に私しか居ないのでした。

レイアウト写真に、デジタルの有利な点もあります。それは、三脚で固定した同一アングルでピントをずらしながら数カットを撮影して、各カットのピントの合っている部分だけを抽出して合成することが、専用のソフトウエアーを使って出来るのです。

しかし、この作業には1枚あたり結構な処理時間が掛かり、1冊で200点近いレイアウト写真を載せる「LB」では、画像処理作業の現場から、「作業キャパシティーを超えるので、全コマを合成処理するのは到底無理」といわれています。

結局は撮影する側で極力ピントの深い画像を撮るしかありません。

この通信を始めた一昨年当時はリコーの「カプリオ」を使っていました。これは、ピントは深かく画素数も大判に匹敵する、という謳い文句だったのですが、印刷用に画像処理を担当する親会社の編集部から、「データー的に貧弱でA4判1ページ大に使うのは不十分」と判定されました。ピント送りがモーター駆動で、望む場所に微調整でピントを合わせることが出来ないのも不便でした。

そこで、昨年夏にニコンのD700を会社で買ってもらい、使い始めたのですが、これは、階調面は素晴らしく、俯瞰など、少し離れた距離からの撮影には問題ないが、35mm判相当のFX画像では、どうしてもピントの奥行きが来ません。従って、アップの撮影には合成処理の助けが必要になってしまうのです。

そこで、カメラ量販店へ出向のニコンのスタッフに相談したところ、「(レンズの中央部分しか使わない)DX撮影の専用機だが、DX専用機としては現状最高度のピクセル数を持つD7000を使えば、レンズの中央部分だけしか使わないことでピントは深く出来、画素数的にはD700のFX撮像に劣らない画質が確保できるだろう」と薦められました。

ニコンのいいところは、かなりの年数に亘ってレンズが共用できることで、ボディーだけの購入です。最近仕事のまとまりが停滞しているため、会社ではもはや器材は買ってもらえないが、自分で作る本の写真の質は落としたくないので、年金を頼りの15回の月賦です。60歳を過ぎて、経験値が全否定される、というのは辛いですね。以前なら自分の築いたノウハウで切り抜けられたものが全く通用しなくなり、使わずに済んだはずの出費が被さってきます。本来は20数年前にF4Sを買ったとき、これで生涯カメラを買うことはない、と思ったのですが‥「長生きしすぎたな!」と思うのはこういうときです。

しかも、こうしたデジタル・カメラの満載機脳の95%以上は、自分には生涯不要のものです。つまり、10万何がしの支払のうち、自分が本当に使うのは、わずかに5,000円分程度なのが情けない。

最近の機械は、こういうのが多いですね。携帯電話がその際たるもので、あそこまで出来るなら、近い将来、殺人光線も出せるようになるのではないでしょうか?

そういう次第で、昨日、親会社の編集部画像処理担当者にテスト画像を送ったところ、「A4判1ページ大に拡大は大丈夫」(D700のDX画像では「無理すれば1ページ大にも何とかだが、理想は70%ぐらいまで」との判定でした)

今日お届けする写真は、そのD7000に20mmレンズをつけて35mm判の35mm相当ぐらいにして撮ったものです。

「スカートをたくし上げ太ももを覗かせる悩殺ポーズのヒッチハイク女性に目を留めた男性が、青いスポーツ・カーを寄せていく」という、ウッドランド社の人形セットですが、悩殺ポーズの白い肌ならば、ぜひ夜景で、ヘッドライトの光に浮かび上がらせてみたい、と思っていたので、車のヘッドライト、テールライトにチップLEDを埋め込んで試してみました。

先日の、オートバイの点燈加工は点燈それ自体がテーマでしたが、今回はそこから一歩進めて、ヘッドライトで照らす、という効果を試してみたわけです。斜め後からみると、フェンダーの影できっぱり切れた先に光の輪が画然と広がるのは結構実感的ですね。光の遊び方をまた一つ学びました。

この通信をお届けしている先のお一人、S先生はしばしば宿題をくださるのですが、先日のオートバイの点燈に「ハンブルクのモデルワールドでは車がウインカーも点滅させているぞ」と嗾けてくださったので、「女性目指して寄っていく」というアクションを表現させるために、そのウインカーの点滅も、これは光学繊維でやってみました。

とりあえず手持ちのディーゼル機関車用ビーコンの回路を使いましたが、さかつうの坂本さんに「自動点滅タイプのLEDがいいのでは‥」というアドヴァイスを下さったので、早速それを試してみようと思います。