2013.8.18

アメリカ型鉄道模型・連載コラム『モデルライフ』 Vol.61

_DGR4121_s

配信先のお一人、大阪の津田直樹氏から次のようなお便りをいただきました。月刊『とれいん』の取材で知り合って、もう20年越しのお付合い。ウエザリングに、シーナリー製作に、何かと私とテイストの合うマルチ・モデラーです。

【拝啓 松本様 お便り楽しく拝読いたしました。G&D鉄道は中学生のころ、TMSで見た写真は、衝撃的でした。特に、高い鉄橋を渡る、ガスエレクトリックは忘れられないですね。さて、蒸気機関車を筆で塗る。面白いかも知れないですね。僕が、飛行機のプラモデルも作るのはご承知ですが、最近凝ってるのが「筆塗り」なんです。しかも、基本塗装、マーキング、レタリング、ウエザリングまで全て「極細面相筆」だけで塗るんです。大日本絵画社発行の飛行機模型専門誌「スケールアビエーション」で発表された技法でして、薄めに調合した塗料を面相筆で、縱、横、右斜め、左斜め、縱(飛行機なら機軸方向)に、少しずつ塗っていくんです。筆ムラが外板の歪みに見えて、意外と面白い仕上がりになります。特に、大戦末期の日本軍機にピッタリです。一度、機関車の模型にもやってみたいですね。ナロー物に良いかもしれませんね。ところで最近、鉄道模型界で言うところの所謂「レイアウト」を世間一般、特にマスコミなどは「ジオラマ」と言ってますね。僕たちが言うところの「レイアウトセクション」なら「ジオラマ」かも知れませんが、列車が
走る「レイアウト」を「ジオラマ」と言うのは、なんか違うんじゃないですか?松本さん、どう思います?】】

先週「ジョン・アレンの蒸機はエナメルの筆塗りだった」と書いたことに関連していただいたものです。

日本ではTMS誌をはじめ、鉄道模型専門誌が一貫して「鉄道車輛は吹きつけで塗るもの」という概念を与え続けてきて、それが何か高級技法であるかのように信じられ、ほとんど常識として定着してしまいました。近年はコンプレッサーも軽量小型で価格も手頃なものになってきたし、罐スプレー塗料も細かな霧が吹けるものが普及しましたので、一層普遍化したわけです。

そういう中で、われわれは「如何に鏡のごとく、細かく滑らかに吹きつけるか」に腐心してきたわけですが、車輛モデルのディテールが細かくなってきて、それが滑らかに塗られるようになってみると、これは私だけの見方かもしれませんが、余りに立体図面のようになってしまって、「無機質」というか、どうも無味乾燥、かえって印象に残りにくくなったような気が最近するのです。

実物の車輛の表面って、たとえ新車であっても、所詮板金仕事ですから、光線の反射で見ると、もっとボコボコしています。そこから出てくる複雑な反射が、鉄道車輛をプレス一発の自動車と違う迫力の持ち主、表情の持ち主に見せているのではないか?

最近のモデルの傾向、特に車輛製品は、どうも、これと反対に、「図面には正確かもしれないが実物らしくない」という印象を受ける事が多くなりました。Nであれ16番であれ、プラスティック製品であれ、ブラスモデルであれ、です。細密であり、一層シャープであるのに、実物に感じる親しみが涌かない。「ファッション・モデル的」といおうか、「整形美人的」といおうか、「あたかもコンピューターグラフィックスの世界から抜け出してきたみたい」といおうか、たしかにかたちは実物にそっくりなのですが、実物に感じる「表情」が消えてしまっているように思われるのです。

最近、年をとったせいか、何事によらずシャープなものが目に痛くなってきました。じっくり見るとぐったり疲れる、というか、気持ちが萎えるというか‥満腹感が先に来てしまうような‥

予約してあった新製品が届いて、箱を開けた途端、細密なディテールとシャープな塗装、レタリングが目に飛び込んでくるのが怖くて、開けるのを躊躇したり、開けた途端にいけないものを見てしまったかのように蓋を閉めてしまったり‥という潜在意識が働くようになりました。(それなら買うなよ!と自分でも思うのですが、そこが止まらないのが病気ですね)

そこで嵌まったのが“eBay”です。「嵌まると危ないよ」と、“eBay道”の先輩であるNYC奥野氏には冷やかされているのですが、たしかにいろいろなものが見つかります。

といっても、ブラスモデルにはざっと言えば、「これは掘り出し物!」というのはほとんどありません。昔相当数が生産されたものは値ごろですが、稀少なもの、近年の製品はごく少なく、また価格も一般の小売店の値づけと大差と変わりません。入札開始時には驚くほど安くても、業者間で釣り上げるのか、尻上がりに上がっていって、落札価格ではまあ小売店での相場に落ち着いています。期待できるとすれば、価格に糸目をつけずに長年探していた、とか、「ここまで塗ってあれば塗る手間だけ得か?」というものとの出会いでしょうか?インターネット・オークションで探せば、どんなモデルでも破格の安さで簡単に見つかるようにいう人もありますが、それはそれぞれの分野での流通事情をよく知らない証です。ブラスモデルなら模型店のリストを見張っている方が早いと感じました。

で、私が面白いと思うのは、1945-60年代のメタル製品とか初期のプラスティック製品、それにクラフツマン・キットと呼ばれる木製車体を組んだものです。こうしたものは大都市の有名模型店ではなかなか入手できません。地方のほとんど無名の模型店とか骨董屋、素人の骨董マニアが出品しているようですが、そのかわり、完成車体には完全な新品というのはまず無い。どこか壊れていたりするから、まあ安いわけですが、それを化粧直しするのが面白いわけです。

それから、いまでも売っているロング・セラーのキットを組んだものには、これなら組賃はほとんど只、台車代だけで車体が付いてきてしまう、というのもあります。この価値は同じようなキットを組んだ経験があればこそ解るわけです。

で、この当時の製品の、そこはかとない甘さ(といっても、同じ時代の日本の国内向け製品とは格段にレヴェルは違います。このころからスケール・モデルとしての風格、品格はありました)が、私には却って実物らしいゆがみ、崩れに見えるのです。そして、細部まで造りこんでいないかわりに、シルエットが佳いのです。

これがまさにジョン・アレンの活躍した時代の車輛模型でした。ディテール面からみれば甘いし、観察も粗かったかもしれませんが、そのかわり、模型としてのメリハリを持たせるような、くっきりした凹凸がありました。そこが、アレンがG&D鉄道の表現で大切にした「光と影」、ハイライトとシャドウの世界にマッチしていたのです。

そこではたと気が付いたのです。最近の日本のNゲージ製品の細部まで極力表現することにこだわった細密さ、シャープさです。あの細密さ、シャープさと同じメッシュでレールやシーナリー、一木一草までを造る事は不可能です。だからレイアウトの中で車輛だけが乖離したように見えてしまうのではないか?と‥これは他のサイズのモデルにもいえることでしょうが、車輛だけを余りにも実物の標本としてシャープにしてしまうと、レイアウトにはマッチしないものになってしまうのではないでしょうか?

車輛製品をプロデュースしたり設計したりする人はどんどん細密な方へ、シャープな方へ、実物の図面どおりの方へ自分の作品を向けようとする。そうすればするほどレイアウトで調和する方向とは乖離していく‥これは一種の悲劇ですね。

ここに、なぜ最近一層ジョン・アレンのG&D鉄道が私に心地好く見えるのか、の答えを見出したように思います。

さらにいえば、ジョン・アレンの世界は「筆塗りの世界」であったろうと思います。機関車さえもエナメルの筆塗りだった彼にしてみれば、貨車、シーナリー、ストラクチャーの着色もウエザリングも筆や刷毛を主にしていたと想像できます。

いまでも米国のアマチュア鉄道模型界は依然、筆塗りが主です。そのために筆で塗りやすいことを主眼にした塗料というのも伝統的に売られてきました。エナメルの「フロキル」はその象徴的存在ですし、「ハンブロール」もスタンダード、水性のアクリル系では「ポリーS」もかなり古くから普及していましたし、DIY店にいくと家具用でも上質な顔料を使ったものが揃っていて、模型専門誌の製作記事やキットの説明書にもそうした銘柄が薦められています。

いつも書きますように、亡父は絵描きであり、また和服の染色の指導もしていましたが、「筆というのは、あんな簡単な構造で、伸ばし、吸い上げ、刷り込み、と三つをやってのけるのだから凄いものだ。吹き付けでどんなに平均に塗ろうが、微妙なぼかしをやろうが、筆や刷毛の作り出す力強さには絶対に敵わない」とよく語っていました。

つまり、筆塗りが表面に作り出す微妙な「光と影」がアレンのウエザリングの秘密であり、津田さんのお便りにある、プラモデルにおける「極薄塗料の面相筆塗り」の効果なのでしょう。私も従来からストラクチャーは筆塗り、シーナリーは刷毛塗りを基本にしてきましたが、ここへきてeBayで入手した古い車輛模型の修復や塗り替えもエナメルやアクリルの筆塗りでやっています。筆目の細かい皺の上に貼ったディカールは本当にペンキ書きした文字のような微妙な凹凸を感じるようになる、など面白い効果もあり、「年々無機質化していく製品模型へのアンチテーゼ」というと大げさですが、「標本模型からの脱却」には挑戦してみる価値が十分ありそうです。

津田さんのご指摘の「ジオラマか、レイアウトか?」は私もずっと考えている課題です。

「ジオラマ」といっても英語圏では通ぜず、日本人の舌なら「ダイオラマ」と発音してしまった方が通りがよいのですが、dioramaの本来の意味はざっといえば「覗きからくり」とか「実景見世物」で、「自分が楽しむもの」ではなく「来場者が見るもの」という、まあ、客体的なイメージが強い言葉です。つまりは「標本」を意味している表現と考えていいでしょう。

ですから、そこには「作品=作者の情念とか主張の表現」という語感は本来入っていない、というか、むしろ排除されている、と考えるべきだと思います。

その意味では、「地形の中を車輛が走る展示」を無機質的に表現するなら、それはまさしく「ジオラマ」であり、作品=作者の情念の分身、と捉えるなら「人が意図、こだわりを持って配置を決めたもの」すなわち「レイアウト」という言葉がふさわしくなります。

ですから展示業者があくまでも商業ベースで造った、博物館の鉄道模型パノラマのようなものは「ジオラマ」と呼んでいいと、私は思うのですが、「モデラー=作者」という主体があって、その情念で造られるものは、無機質的に「ジオラマ」とは呼びたくないですね。

列車が動くものを「レイアウト」と呼ぶなら、静態展示のものはむしろ「ディスプレー」と表現したい。事実、米国の専門誌などではコンテストに出品される地面付の作品をそう表現しています。

ここにも、鉄道模型を「形而下的=唯物的=無機質な標本」として捉えるか、「形而上的=精神作用の産物=自分の情念の分身としての作品」と捉えるか、という、今日語ったテーマが横たわっているわけです。

しかし、この数年の「秋葉原的鉄道模型現象=メーカー主導の標本的無機質模型をお宝としてありがたがるコレクション主流の模型界」が早くも曲がり角にきているのは事実ではないでしょうか?

さらにいうならば、Nゲージはもちろん、HOスケールでさえも、もともとは「レイアウトのために生まれた小型模型」であり、そのあたり本質的に1番ゲージやOスケールあるいは日本の1/30・35mmスケールやOJゲージとは違うのですから、今日の日本的課題としては、小さいものでわざわざ手間隙かけて実物車輛の完全な標本を目指すより、シルエットとして魅力的な編成が1本でも多く模型化できて走る姿を観賞できることがもっと大切に考えられていいように思います。

ここに、機関車、トレーラーからストラクチャー、自動車、野外広告看板まで、あらゆる時代できちんとカヴァーできている米国型を、私が選んでいる理由もあります。一部の車輛の細部より、時代としてのトータルな再現が大事にされているから、そこにストーリーが創れるのです。

今日の写真は今週お目見えした、「ココペリ・サウスウエスタン」の、まさに「情念的編成」です。アメリカン・ショートラインの魅力を煮詰めたような、こういう「百鬼夜行」的編成も私の常に夢想するところです。

「ココペリ・サウスウエスタン」はD&GRN鉄道の路線のうち、インディアン自治区を通過する区間を彼らが独立した会社として管理しているもので、自社の車輛には雨と豊穣の妖精、ココペリをシンボルにしたマークを描いています。

牽引機のシェイNo.5はPFM-アダチの1955-1957年の製品。下板橋FABで出遭ったギヤー無しのジャンクを、以前D&GRNでの運転中に台車が分解して転落大破し長期休車となっていた同型機のメカニズムと併せて再生したもので、ファウルハーバーのコアレス・モーター搭載。

1輌目の濃緑のボックス・カーは10年近く前にシカゴ郊外の模型店で見つけたラ・ベル社の木製キット組み上げ未塗装ボディーを仕上げたもので、プロトタイプはインターアーバンの貨車。その出自らしく、どこでいつ買ったか失念のダイキャスト製トラクション用台車をつけて、今週ハンブロール・エナメルで塗り上げました。

2輌目の大物車は11月にeBayで落札したやや玩具的な製品の台車を交換したもの。積荷で遊べる無蓋車の類はシンプルな製品でもレタリングをきちんとし、台車を高級品に替えれば立派に通用します。どこへ運ぶのか、積荷の恐竜の展示模型は清涼飲料CCレモンの期間限定おまけ。

3,4輌目の海老茶のボックス・カーはそれぞれ、セントラル・ヴァレーとラ・ベルの木製キットを組んで塗装まで済ませたモデルが11月末のeBayに出ていたもので、ここまできれいに組んだモデルが未塗装のキット代+台車代より安かった。私の苦手なトラス棒をきちんと張ってくれているだけでも大感激。元の簡素なレタリングを水研ぎで落として、ココペリ・サウスウエスタンのエンブレム(ディカールはデザインが小畠由利子女史+脇雅恵女史で印刷は平井憲太郎氏特製)を貼りました。これも出自はインターアーバンの貨車。

最後尾のコンボ・カブースはいまでもマンチュア社から出ている簡素なプラスティック製品をアメリカのモデラーがディテール・アップしたのが12月のeBayに出品されたもの。」これは工作の手際よさが写真でも明らかだったので、入札が殺到。1週間に及ぶほとんど50セント刻みのデッドヒートを制し、晴れてココペリ・サウスウエスタンのレタリングが車体に入りました。

このぐらいのホノボノ編成もいかがですか?出すのにも仕舞うのにも簡単なのが、なによりいいですよ。近ごろ、長編成は片付けるのがますます億劫になりました。