モデルライフ Vol.5
クレメンタイン支線でジェッツ・ウェルを出てクレメンタインへ回り込むカーヴの線路周りはアスペン砂利会社専用鉄道(HOn3)の機関庫完成で、右側はほぼまとまりましたので、この際、右側同様、背景画取り付けの際に一旦壊して以来、そのままになっていた左手部分に着手する事にしました。
この部分はクレメンタイン村の入口に当たり、映画「荒野の決闘」でワイアット・アープの想い人となるクレメンタイン・カーター嬢がラスト・シーンで「ここに留まって子供たちの学校を開く」と告げる台詞から、「小さな村の学校を建てる」と決めてきた以外には風景構成にさしたるプランもないまま来ました。その点では、早くから「石油櫓の建つ丘」と決めてきた右手と対照的です。
古典的な木製トラス橋を渡った単線が壁際のコーナーを24インチRで抜ける、という線形的にもシンプルな場所です。
右手に、高さもある石油櫓でボリューム感をつけましたので、ここは一度印象をスッと抜いた方が「重い料理のあとのお茶漬け」のような快味が生まれ、またクレメンタインの構内を引き立てるのではないか、と、これは石油採掘所の丘がほぼまとまるあたりから感ずるようになりました。
レイアウトというのは、風景構成にそうした緩急をつけた方が、どうも距離感を演出できるようです。現代アメリカで最高のレイアウト・テクニシャンのようにいわれているジョージ・セリオス(ジョージ・セリオが正しい発音という人もあり、私にはよく判りませんが、まあ、どうでもいいです)のレイアウトというのはこの点で、どこまでも「これでもか、これでもか!」とばかり物が詰まっていて、私同様ジョン・アレンを崇敬してきた人ではあるが、私には非常に息苦しい感じがします。
人それぞれの好みでしょうが、私にとっては、レイアウトは息抜きに眺めるためのものですから、「いかに詰めるか」と「いかに間を取るか」は常に一組の課題のように思えます。
そんなわけで、このコーナーは「いかにも田舎くさい、たるんだ時間が流れているような空気を感じさせる」を目標にすることにしました。
このような気になった一つの背景には、昨年5月に旅してきたヴァージニアの印象が大きく作用しているかもしれません。軍港と石炭積み出しの街であるノーフォークから出発して、ノース・カロライナとの州境に沿って西へ進み、途中ちょっとノース・カロライナにも入ったりして、かつてのノーフォーク・アンド・ウエスタン(N&W)鉄道の一大集散地、ロアノークに至り、そこから新緑のアレゲニー山脈を縦走したのですが、本当に明るくのどかで緑の美しい地域でした。
今回造るのはほんの数十センチのスペースですが、何とか、あの旅の道々で抜けた小集落の雰囲気を出すことができれば、というのが願望です。
最初は、耕作中の畠の中を田舎道が抜けている、というだけを考えてみましたが、それですと壁のコーナーがムロ露出してしまうので、存在をあまり強く主張しない程度の建物を1軒配することにしました。
うちのレイアウトの周囲には、「どこに建てる、という明確な予定も無く組んでしまったストラクチャーというのが、常に数軒転がっております。そのうちの一つに、数年前、しばらくストラクチャーを組まなかったブランクを回復するためにウォーミングアップ的に手を着けた「20世紀に入った時代に田舎に出来た郵便局兼雑貨店」という、小振りで細長い平屋がありました。
いま、キットの箱がどこかに埋まってしまいメーカー名が思い出せないのですが、数年前にMR誌にアパラチアのロギングをテーマにしたレイアウトを発表した若夫婦(奥さんが私好みの快活美人)が始めたガレージ・メーカーの製品で、いま流行のレーザー・カットです。確か、「白ペンキの剥げ方の表現に、何かいつもとは違うやり方を研究してみよう」という気まぐれも手伝ったと記憶しています。
実は説明書も仔細に読まなかったので、私は昨年まで、この建物は彼らの創作か、プロトタイプがあっても、手近なところにある頃合いのものを写したと信じて疑わなかったのです。ところが、それは実は米国で最も有名な鉄道写真家の作品に登場するものだということが判ったのです。
ウインストン・リンクは、米国では鉄道ファンだけではなく、一般の写真愛好家にもその名が知られた存在です。N&W鉄道と契約した彼は、戦後の1940年代から1950年代に掛けて、蒸気機関車とともに消えていく懐かしの社会生活風景を、膨大な数の夜景写真として撮影した写真家で、線路や構造物の周囲に仕掛けた数百発のフラッシュの同時発光で動いている人物と機関車を静止画像に留める、という快挙を成し遂げました。そのオリジナル・プリントが画廊に出れば1枚で数百万円の値段が付くそうです。
先のヴァージニア旅行で、ロアノークの旧N&W駅舎が彼の業績を讃える公営の記念美術館になっているのに偶然出合いました。そこでリンクの写真の素晴らしさを堪能し、売店で買った公式カタログに「リンクが珍しくも日中撮った作品」として紹介されたページを繰って、思わず絶句です。そこに、先ごろ組んだばかりの、あの「郵便局兼雑貨店」の実物の姿が写っていたのです。
これはアビンドン支線という、バージニア州の西の果てからノース・カロライナに入り、途中、一般鉄道としてミシシッピ以東で最高標高を越える55マイルの路線で「ヴァージニア・クリッパー」というあだ名をつけられた混合列車の一日をルポルタージュ風に写した連作の中にある、ネラという停留所を通過する際に車窓から列車の前半部を撮った1枚で、停留所と田舎街道を挟んだ向かいに、それは建っていたのでした。
「混合列車(写真では牽引機は4-8-0)が通うような支線で、田舎街道を挟んで線路と向き合った」というのは、今回求めるものの、まさにぴったりです。
シーナリーのベースとなる15mm厚の天板、3mm厚の道床をシナベニヤから切り出し、そこに建物を置いてみると、まさにネラの雰囲気です。
そういうことで、当初あてどもなしに組んだストラクチャーにも就職先が決まり、ここ数日、JAMの総会も控え、タイトな日程の中、時間を盗むようにして、粘土やモデリング・ペーストでわずかな土盛や街道の凹凸を作っているところです。
粘土というのは凝固途中で結構ひび割れが出るので、使い方は、修復しながら、を予め覚悟しなければなりませんが、最近新宿の大型画材店にカミサンの買い物のお供をしたときに見つけた「アーチスタフォルモ」の〔石塑〕ブラウン/グリーン(ブロンズタイプ)というのは黒土っぽい仕上がりとなり、使い勝手も良いので、これを使ってみました。
次の一週間で「あとはレールをスパイクするだけ」というところへ持って行けたらいいのですが‥